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じょやです。
藤子F不二雄ミュージアムはドラえもんの誕生日に開館ということでなるほどと思いました。

それにしてもテレビで
ドラえもんを紹介する時いきなりアニメと言うんじゃなく、マンガと言ってほしい。
藤子F不二雄の作品という意味でももともとマンガなのだし
落語的秀逸さも軽妙な感じも妙に大笑いできる所も多少荒っぽい話が多いのも
すべてマンガ原作の魅力が一番だと思う。
アニメも頑張って作っていたと思うし、コドモの頃はかかさず見てたが
やはり私にとっては原作マンガが最強。


のび太は反省することもあるし心優しい面もあるし、根っこの所では良い少年だと思うが
いくつかの話で、「殴れ!ドラえもん、こいつを殴れ!」と本気で思うほど憎らしい時があった。
弱くて虐げられてるだけでなく、人の心を踏みにじったり、反省のハの字も無いこともある。
怠け者で情けない上に、そういうダークな面も持っているところがのび太の魅力でもある。
藤子F先生の作品の主人公の中でも珍しいほどダークな面がある。
映画原作(大長編)では、よく作品の後半で、妙に頑張る少年になることが多い。
大長編だと、奥の方に眠っていていつもは滅多に顔を出さない勇者のび太が現れる。
大長編でなくても時々現れるが、大長編では特に顕著である。
大長編だと一番情けないのはスネ夫になる。スネ夫がびびりながらも頑張る姿も醍醐味になる。
ジャイアンもしずかもかなり個性を生かしていい味を出す。
思うに、名作揃いの藤子作品の中でもドラえもんがここまで突出し長く愛されるのは、
ドラえもんとのび太以外のキャラクターたちにも非常に奥深いものがある、または
奥深い描写が徐々に増えてきたという点にあるのではないかと思っている。
いやいやパーマンだって21エモンだって他の色々な作品だって
実に様々な魅力あふれる人物がでてきていますが。
パーマンなんかも登場人物について語り出したら止まらない自信はありますし。
でも、のび太やジャイアンやスネ夫やしずかというのは、
他作のかなり「変わった」人々よりは普通っぽいのに何かが光るというか、そんな感じがあります。


ドラえもんは初期は言動がハチャメチャでとんでもない行動に出ることもあった。
次第に落ち着いて理知的になってきてからも、時折感情を爆発させる。
そういうところが妙に好きだったりする。原作だとのび太を呼び捨てにしてる辺りもいい。
のび太にはかなり遠慮無く酷いことを言っているし、実に言葉が荒いことも多い。


ドラえもんのお陰で世界は何度も救われているが、
ドラえもんの道具のせいで世界が何度も滅亡の危機に陥っていたりもする。
くりまんじゅうに埋め尽くされそうになったり、ゴキブリに埋め尽くされそうになったり。
それでもタイムパトロールが放置しているのは、ドラえもんが悪巧みしない良い奴だからか。
あるいは大それたことができるほどの存在ではないと考えているのか。
実際は大それたことばかりしているのだが。


しかしドラえもんの道具があれば世界征服など簡単、とか少年時代は思っていたが
凶悪に見える道具も、未来の世界にいけば「ただのおもちゃ」に過ぎないのかも知れない。
同じような用途の道具が多いなどとも思っていたが
例えば現代でも、掃除機ひとつとっても多種多様なものがあるのだから
空飛ぶ道具がタケコプターだけということもないだろう。未来にもメーカーはたくさんあるだろうし。


まぁそうやって色々と考察するよりも、ドラえもんはとにかく読んで笑って楽しむべき。
藤子F先生ご本人がおっしゃっているように、マンガは娯楽。
娯楽は純粋に楽しむものである。そしてドラえもんは極上の娯楽である。
いろいろ書いたが、ドラえもんは自分が少年時代に読んだマンガで最上級のもの。
少年期の精神世界の大きな部分を形作った作品。
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じょやです。一昨日かそのぐらいに「本当にスゴイ声優」ランキング番組を見ました。
ランキングする意味ないでしょ・・・と思いましたが、なんかおもろい話が出るかもと思って。
まぁ結構おもろい話は出ましたね。
世間一般に広く知られているテレビアニメによく出ている、或いは最近の有名な作品に
出演されている声優さんに限られた話題ではありましたが。

で・・・扱ってるアニメを考えると、子どもが見るというより大人が喜ぶ番組だなと思いました。
でもなんか偏ってる感じはしますね。
旧ドラえもんやルパン三世なんかの声優さんたちがどんどんランクインしてもいいんじゃないか
と思ったけど・・・でもそれは個人的見解になってしまうのか・・・

ナデシコのルリルリなんかは結構劇的に扱われてもいいような気がしたんだが
全く出てこないということは、やっぱりあのアニメは「一般的」ではないんですね。
サクラ大戦もすごい作品なんだけど「一般」の中には入らない。
ルフィやクリリンとしては喋るけど2メートルの桐島カンナだーとは言わない。
知名度と作品の優劣は関係ない、ただただジャンルの違いだけだと思ってはいますが。
広く愛されるものと、限られた人間たちだけに愛されるけどその愛がとても深く濃いものとの違い。
でも、そんな限られた中ではあるけど愛される優れた作品を、「一般」の人々は知らないまま
理解もせぬまま最後まで人生を歩むのかと思うと・・・
なんとなく世の中というやつがもどかしいというか浅いというか、どうしてもなんか悔しいです。
いくら悔しがってもどうしようもないことではありますが。
エヴァンげりおんは・・・「一般的」ではないのに、有名になって無理矢理に一般の中に入れられてる。
そんな感じがして、なんかこう、違和感を覚えます。

ところで大谷さんは白鳥ユキナの声優です。
ピカチュウやチョッパーというよりも、私にとっては白鳥九十九の妹です。

さて
私にとってのすごい声優といえば、ただひとり。
西原久美子さんです。究極の「可愛い」を体現する声の持ち主です。言わなくても分かりますね。
西原さんの声を聞いて「ああこれが本当に可愛い声というのだ」と感じました。
それまでの私の中の「可愛い」は、ぜんぶひっくり返され雲散霧消しました。
世界中で私の心をこれほど元気にしてくれる声は、西原さんの声をおいて他にありません。
中でもアイリスの喋り方は可愛すぎて、私自体が塗り替えられました。
そしてサクラ大戦というエンターテイメント(ゲーム・アニメから歌謡ショウまで)の
長い歴史を通して、もともと可愛い喋り方が更にどんどん可愛くなり。
はじめの頃の元気にはしゃぐ様子に、優しさ、やわらかさ、しっとり感も加わり、
癒しの力、霊力まで本当に備わっていくかのようでした。いや、備わってました。
実際、具合の悪い時にアイリスの歌を聴いて治ったりしました。
落ち込んで塞ぎ込んで岩になりそうだった時も、アイリスが救ってくれました。
西原さんの声はいつも私に生きる力を与えてくれます。
私にとって西原さんこそ本当にすごい声優のトップです。
いやトップとか1位とかそういうのも通り越してます。
じょやです。 なんでこんなにラムネ飲むのが好きになったかと言うと
それはもちろんアイリスのファンになったから。
コドモの頃からラムネ好きでしたが、アイリスファンになってから尚更。
ラムネを飲むと具合悪いのも治る感じに。
アイリスの歌う「ラムネの歌」を聞けば更に効果は絶大。

夏の夕方、縁側にジンベエ着て草履履いて座って
ラジオで「ラムネの歌」聞きながらラムネ飲んでる「太」正時代の自分

想像するともうウットリです。
縁側のある家とジンベエさえ用意すれば今だって似たようなことは出来そうですが。

ところでラムネって結構何にでも合うと思います。
個人的にはラーメンにも合う カレーにも合う もんじゃにもお好み焼きにも合う
焼き肉にも合う ケーキにも合う あと二日酔いの朝も。
3ba2e6ee.jpeg





























アイリス 誕生日おめでとう! じょや

いいじゃないか腐女子でも何でも
すぐ名付けて蔑み過剰反応する輩のために自分を偽る必要は無い
ちょっとぐらい恥ずかしがってもいいが沈む必要はない
ぼかして物書きになるとか言わないで漫画家になるとハッキリ言えばいい
それでばかにしたり離れたりする奴には初めから何も期待できない
とはいえ
思い切れないのが人間だね世の中が怖いからね
すぐに人にレッテル貼って蔑みたがる御仁が大勢いらっさるようだからね
御仁と書いてゲスと読む
ちゅうに病とかいう言葉を好んで使う輩も同じ感じがするね
どういうのがちゅうに病てのかさっぱり知らないし知りたくもないんだが
どうせ言ってる人々もそれぞれ感覚が違うし範囲もまちまちなんだろう
「自分が蔑みたい範囲」を作りそこに人を放り込み悦に入ってるんだな
これはチュウニ病あれはそうじゃないとか勝手に決めて
それがさも世界中に通ずる普遍の感覚であるかのように語るから愚かだね
たいした考えもなくただ人をばかにしたくて喜んで使ってる阿呆もいるね
自分で「おいらはチュウニ病」とか自慢してる方はまぁ自由にすればよい
とにかく勝手に人を「ひとくくり」にする言葉は嫌い
「なんとか世代」とか「なになに系」もイヤなんだ
理解できない相手をひとまとめにして蔑むための言葉なんて不必要
ようするに
自分は腐女子かそうでないかなんて悩む必要は無い
勝手にどこかの誰かが考えた下らない言葉に振り回されるのは疲れる
しかし悩んでる自分が面白いとか面白がられたいとか
実は自らそう呼ばれたいとかなら構わない
どんな言葉でも自分で自分をそう呼んで面白がってるなら平和だ
ただ自虐的に自分を貶めるために言うのならそれは過ちだ
よく分からないくせに他人に対して多用する輩がいちばんタチが悪い
多用して人をコケにする道具にして自分が偉くなったと思い違い
相手が何者かすらよく分かっていないくせにゲラゲラ笑ってバカにする
あぶねえ奴とかイタイ奴とか深く考えもせず決めつけて蔑視する
少しでも落ち着いて考えることのできる人間なら分かるはず
人を簡単に蔑視する御仁のほうが本当は恥ずべき存在ということが
本当は誰が危なくてイタイ人間なのか
うーん
「イタイ」って言葉も嫌いなのであまり使いたくないな
この場合は傷が痛いとか頭が痛いじゃなく可哀想な人間とか馬鹿な人間って意味らしい
「微妙にオブラートに包んで言ってあげてますよ」といった雰囲気に虫酸が走る
君は狂っているねと言われたほうが却ってすっきりする
「~狂」とか「~キチ」とかそういう言葉ならいくら言われても構わないイメージ
こう考えると嫌い嫌い言ってたロリコンなんて言葉も少し印象が変わってくるかもしれぬ
じょや

じょやです。『空の軌跡』シリーズのレンちゃんに関して書きたいことがまだまだ多すぎる
というか増えていくと思われるので、ためしにブログを分けてみます。
というわけで今後
軌跡シリーズや殲滅天使レン様に関することは、ネメシスリップの方のブログに書きます。

じょやです。たまたま見かけてたまたま買ったマンガをここまで気に入ったのは久々です。
それはヨシノサツキさんの『ばらかもん』です。
若き書道家が、感情的になって起こした事件をきっかけに「島」に「修行?」に行って
大ざっぱで同時に細やかで開放的に人生を満喫している天真爛漫な島民に翻弄される話。
舞台は作者が生まれ育ったという長崎県の五島列島。郷土愛がやたら強いマンガ。
各話のタイトルは全て五島列島の方言となっている。セリフにも方言はばんばん出てくる。
方言の協力をしているのは、作者のお母さんとのこと。

出てくる人物がみんなおもしろくて何度読んでもついつい笑ってしまう。
元気すぎる子ども「なる」や、何があっても泣く「ひな」、手強い中学生「美和ネェ」、
マンガ家志望で妄想の強い「タマ」、心優しき地元の“不良”ヒロシ。
そんな子どもたちが巻き起こす騒動に振り回されながら何かを見出していく主人公。
特に主人公と「なる」の関係がなんかいい。
都会から来た迷う青年と、迷いを吹き飛ばす元気な島民の代表、といった感じを受ける。
また、子ども達だけなく、おっさんおばさん・じいさんばあさんも多く登場し、いい味出してる。
年をとるなら「なるのじいちゃん」や「ヤスば」のようなじいさんばあさんになりたい。
微妙に「変」でゆるいおじさんおばさんたちも、こういう人たちなら近所づきあいしたくなる。
とことん教育者に向いてない感じの「教頭」も、なんとも安心させる人物だ。

あとカメムシの効果的なつかまえ方を知って感動してます。

私は、自分ではマンガにはSF(超常現象や超能力・妖怪変化など強烈なもの、あるいは
藤子F不二雄先生のおっしゃった《すこし・フシギ》な感じ)が入ってないと読む気がしない!
…と思っていたのですが。この『ばらかもん』はひたすら「日常」を描いてます。
SFなどは全く関係ありません。
それなのに気に入ったわけで、これは自分にとって特別なマンガかもしれません。
(あ、1回だけちょっと不思議な存在が出てきたか。)

思い出してみると
すこし・ふしぎ じゃないと読む気がしないって感じになったのはオトナになってからです。
10代の頃は「キャプテン」とか「湘南爆走族」とか熱心に読んでましたから。
いや、湘南爆走族は すこし・ふしぎ に入るかも知れませんが。

現在4巻。発行所を見たらスクエニでした。
スクエニの最近のゲームには興味ゼロで、昔の栄光はどこへと思っていましたが
マンガはなんともいい味出してるのが登場していたようです。
じょやです。原発や地震のことを忘れているわけではありません。
忘れようと努めているわけでもありません。ただ前に進むしかないと思っているだけです。
元気も出てきましたし。観劇してきて素晴らしいエネルギーを得ましたから。

正直なところ、新幹線から上野駅に降り立った時点で放射線調査の検問があるんじゃないかとか
宿泊する時に、どこから来たか言おうものなら拒否されるんじゃないかとか
「まさか」と思いながらも心の底では「あるかもしれない」と恐れていた自分
…知り合いはみんな普通に接してくれましたし、大部分は杞憂だったのかなと思っています。

政府については、総理が辞めるとか辞めないとか本当にどうでもいいんで敢えて言及しません。
周りでわーわー言ってる方々についても何も言うことはありません。

原発事故直後、福島県は汚染されていない!と主張していた自分も
今では、実際はあの時点からそう言えない状況だったんだな、とため息。
なぜ逃げないのかと言えば、何も判断つかないし、ここで今やるべきことも山積みだから、としか。
それに本当に影響が心配されるのは子ども達。オトナは何十年後にどうなろうがさほど影響ない。
だからオッサン政治家なんかが福島県の食品をうまいうまいなどと言って食べて見せても無意味。

原発の恩恵もあって福島県は発展してきたんだから今更文句言うななどと言う人もいるようですが
別にそんな恩恵感じた例しは無いなー 携わっていた方々ぐらいでしょう。
で、たとえ携わって恩恵受けていたにせよ、文句言っちゃいけないってことにはならんでしょう。
信用してたわけで、その信用が裏切られたわけだから。不可抗力などと言っても裏切りは裏切り。

特に子どもや若い世代には何も言えないでしょう。
オトナの中には原発に反対だった人もいたしプルサーマルだけはヤメロという人もいた。
だが既にだいぶいいオトナの自分だって、そんなこと知ったのは最近です。
知ってさえ、なにやら危険が大きいのか、心配だなあ、でもまぁ大丈夫だろうぐらいの認識。
ずっとずっと前に見た記憶のあるプルサーマル反対の看板の映像が浮かびます。
あの看板も、ちらっと見ただけで、その時は別に何も感じず、考えず、調べようともしなかった…。
オトナでさえ知識無ければこのザマ。子どもの頃にいったい何を知り何ができるというのか。

基準値などと言われても、ころころ変わるものが心の拠り所になる筈もないです。
「1年間に海に流してもいい基準値」? そんなものも初めて聞いた…。
要するに、何も起きなくても、微量だったら常に流れてたってことを意味するんでしょうか?
まぁそうなんでしょうね。他の国も「空気や海に毒を混ぜてもいい基準値」とかあるんですかね。
…と、まぁ、危ういことの全てが世界中で隠蔽されているんじゃないかって疑いも出てくるわけです。

V-NET Cチーム『青い時間』について 追記

「べつに!」という、お人形さんのセリフが耳に残っている。

そうなんだ、別に用は無かったんだよ。
もし「サニー」があの場にいなかった場合、人間たちとはかかわりがない。
「ゴミ」たちは次の日には熱処理され、人間たちはどこかへ逃げる。
役目を終えて全て諦め、消えゆくモノたち。
何をしていいか分からず希望を見いだせず、逃げ去る者たち。
両者の運命は交差することなく、ただ平行線のレールの上、暗闇へ突き進むのみ。
でも、べつに! べつにそんなこと、どうだっていい。
世界はただただ回り続けるだけ、何も変わらないし、何も残らない。

偶然、サニーがいたから、たまたま、人間たちは希望を見いだせた。
モノたちの運命は変わらないが、人間と心通じ合えて、気持ちのいい別れができた。

それでも、気持ちをぶつけあわなかったら、何も起こらないままだったろう。
気持ちを吐き出したからこその展開だったわけだ。

現実でこういうことは起こり得るだろうか?
自分にあまりかかわりがなかったり、めんどくさかったり、恐れたりして。
それで、「べつに!」のまま、心を表現せず、ぶつけず、ただ、すれ違う。
そういうことの方が、多いかもしれない。
だから人の世には、「そんなにうまくいくはずがない」とか、
「ハッピーエンドは全てご都合主義」などという、暗い考えが生まれるんだろう。
殻に閉じこもり何もせず、立ち向かわず、諦めてたら、希望が無いのは当然。
奇跡が起こる筈もないのに。

「べつに!」が「会えて良かった!」になるのは、そんなに難しいことか?
最近「べつに!」が多い自分の人生、自問してみるいい機会。 じょや

じょやです。V-NETの企画として三つ巴の演劇対決を観てきました。
たいへん凄いエネルギーをもらって帰ってきました。行って良かった。行けて良かった。

もちろん我らが女神・西原さんからエネルギーをもらいまくったわけですが。
西原さんが参加した以外の2チームの劇も非常に見応えがあり良かったです。

Aチームは、得票数はB・Cに比べ多くなかったようですが、私はあの話、面白かったです。
舞台である「倉庫」に、さまざまな時代、さまざまな形で関わった人間たち。
彼らそれぞれの特徴が話の中で生かされていて、そこに織り成される人間模様がいい感じ。
そしてあのRPG的劇中劇の「ラスボス」役になった女優さんのテンションが気に入りました。

Bチームは、はじめハチャメチャな感じかと思ったら、次第に現実の悲哀をこれでもかと。
介護の現状…いや、現実の中でもあそこまでの悲劇はなかなか無いかもしれません。
ただ、あそこまで劇的でなくても、じわじわとくる悲劇は、多くの人が味わっているでしょう。
人はどう生き、どう死ぬのか。誰もが身近な人の幸せを願う、しかしどうすれば良いのか。
自分が生きることで人の幸せを奪っているのではないか。 幸せとはどうすれば与えられるのか。
テーマが重い、重すぎた…かも知れません。しかし前半はだいぶ毒を撒き散らしフザけてました。
あのフザけ具合が、自分の中ではマイナス…でも、重すぎるテーマを笑い飛ばす気にもなれた。
だからか、あの悲惨な終焉にスッキリしないにもかかわらず、あまり後味の悪さは引きずりません。
よく、ああいう重い話だと、見終わってから「考えさせられる…」などとつぶやくのですが…
今回のこのBチームの劇は、「考えさせられ」は、しなかったんです。
考えようが考えまいがこれが人の世だよ、なぁ? てやんでぇ! という感じで(どういう感じ?)
呑もう、考えてないで、呑むしかないよというような。
まぁ引きずらなかったのは、Cチーム・Aチームのほんわか空気によるものが大きいかもですが。

Cチームは2回観ました。2回といわず何回も…できれば毎回観たかったんですが。
モノにも心がある、それは私が幼少の頃より信じてきたことでもあります。
モノを見て語りかけられ思い出し、大切な何かを取り戻していく人間の姿。
モノは決まった役目しかできないが、人間は何でもできるじゃないかというのは、確かに響く。
西原さん演じる「サニー」は、ポータブルカセットプレイヤー(ウォークマンとは言いたくない?)
サニーが人の耳に手をあてて「音」を聞かせるシーンは実に名場面であると同時に羨ましさMAX。
齋藤さんのお人形の「こいつバカだ」が気に入ってしまって耳にずっと残っていたり
銀行強盗メンバーの痩せてヒョロッとした人の風貌が独特で一挙手一投足が気になったり
岡田さんの、なんといいますか「しなっ」とした動きに目を奪われたりもしましたが
やっぱり西原さん最強だなあ 西原さん観てると癒されて元気も出て自然と顔が綻んでしまう。
急に「魔法使いのお姉さん」になったり「ラジオ」になったりする所、今回特に楽しめた部分です。
劇の始まり方ですが
いきなり銀行強盗とか警察が踊りながら戦ってるし
後ろで何か奇妙な格好をした人形っぽいのやロボットっぽいのがはしゃいでるしで
よく分からない状況の筈なのに、瞬時に、次々に、心に滑り込ませるように自然に状況を
客に把握させていくのは流石のストーリー、流石の演出、そして流石の役者さんたちだと思いました。
銀行強盗関連の「茶番」も、実に愛すべき展開です。要するに悪人にはなりきれない若者たちだった。
そのように、人間はどうも何者にもなりきれない、どうやって「何者か」になるべきなのかを知らない。
役割がはっきりしているモノたちと、どうしたらいいか迷う人間、どちらがいいのか?
迷うことが生きること、そうだとすれば、自分もまだまだ死んではいない、と思えます。
ガラクタたちは、最後、持っていってあげればよかったんじゃ…とも思います。が…
持って行っても使わないんじゃ、却って… いや、それでも心があると知ったモノを置き去りになんて…
そのあたり、「考えさせられ」ました。観劇から2日経って、今でも考えています。
モノは人間を勇気づけて未来へ送り出したけれど、自分たちは消滅する…もの悲しいです。
ご都合主義でほんのりハッピーに終わるのかと思いきや、じつは。
そこはかとない悲哀を醸し出していると思います。
↓ え~と。 取り敢えず不穏なんで…
http://news.dengeki.com/sp/falcom30th/

レンちゃんに、清き1票を! いや
…5月中毎日1回できるので、今日からなら、清き6票を!

必死な私に呆れつつも、苦笑いしながらも、投票していただけたら幸せです。 じょや
じょやです。
ファルコムヒロイン総選挙(!?)だそうです。3位に入ると「ねんどろいどぷち」化とのこと。
…レンちゃんを、殲滅天使レン様をねんどろいどに。ぜひぜひ。
彼女をねんどろいどにしないで誰をするんだという。…にしても125キャラから3人て…
1日1回投票できるのか。 〆切の5/31まで欠かさず投票だ。

http://news.dengeki.com/sp/falcom30th/

…しかし…こういうことをしなくても レン様だったら発売するやいなや大量に買うから
もはや投票に関係なく発売してほしい…
今日は記念すべき 西原久美子様のバースデーです。
心の底からハッピーバースデー!
ブログに行ってみましたら
ますます可愛らしい魅力にあふれておられる。
ほんとすごいです。すごく元気をくださいます。
癒してくださいます。
声優としての西原さんと出会ってからずっと癒され続けてます。
女神様の新しい1年に幸多かれ! じょや
4/20 下の方に追記

じょやです。 え、なに? 福島県から来た子どもが差別にあっているって?
他県の子どもが悲鳴をあげて逃げたり、露骨に避けたりするって?
ネットではけっこう前から騒がれていたようですが、少し遅れてテレビ報道も始まったんですかね。
どのぐらいあるんだろう? それ。 少ないことを祈りますが。
多かったら、どうしようもない国だねいよいよ。いや、申し訳ないけどホント駄目社会でしょ。
多かったらね。少なくても、うんざりはうんざりだけど、ごく一部のことならまだ救いはあるかなと。

ん? 原発の情報がハッキリしないから怖がるのもしょうがないって? 責められないって?
いやいや何を言ってるんだ、責めていいでしょ、そんなの。あからさまな差別じゃないか。
道徳心の欠如でしょう。子どもだから許される? そんなわけはない。
差別された子どもの気持ちを考えたら、許してはいけない。
これは情報の少なさとかのせいにする問題ではない。親それぞれの教育の問題だ。

教育委員会が対処する~? ははは、学校で何言っても微々たる効果しかないでしょう。
先生の話を聞いて、思いやりある子は思いやりレベルがアップするかもしれないが。
平気で差別をして悪いとも思わないような子どもは、変わらないでしょう。
そういう子は、親の意識が低レベルだから。親の意識が変わらないなら、子も変わらない。
教育関係に期待するよりも先に、ひとりひとりの親の意識改革が必要です。

アメリカでエイズに感染した子どもが周囲の差別や偏見に耐えながら生きてきた。
折しも、そんな番組を見ました。親が「あの子に近づいちゃだめ」とか言う。
放射線差別も同じようなことになるのかなと思った。

「あいさつするたび、友達増えるね」?
あいさつするたび、悲鳴あげて逃げられたんじゃ、悲しみと憎しみが増えていくだけです。
福島県から来たことを隠して生きていけっていうのか。じょうだんじゃないよ。


4/20

言葉が荒かったと思いましたので補足します。
責めていいでしょ、と書きましたが、無知ゆえに「結果的に」差別行為をしてしまった子どもたちを
責めようというのではありません。それは、悲鳴をあげて逃げた子どもたちの「親」あるいは「周囲の
大人」が、「しかって諭して教えていっていいでしょ、そうしてほしい」ということです。

どうも、親も周囲の大人も「子どもなんだからしょうがない」で何もせず片づけそうな気がして…
それじゃ、だめだと思うんです。 「そんなこと言ったら相手が悲しむから、言ってはいけないよ、
言わない方がいいよ」ぐらいでもいいから、諭してほしいんです。
そうしなければ、子ども達はずっと、「自分が結果的にでも差別的行為をしてしまった」ということを、
知らされもせず、どういう言動が人を傷つけるのか分からないままに、成長していってしまう。
何も説諭せずにただ「長い目で見ればいつの日か分かるよ」では、大人の責務を放棄しています。

こういうことは、この問題以外でも、いじめ問題とか、そういうこと全般に言えることだと思います。
差別されたと感じる子ども達に、「そんなこと言うな!」とか言い返せ!などと言うのは酷です。
言い返すことなんてできない。ただただ心的被害を受け、犠牲になったまま癒されない子もいる。
そうやって闇をかかえたまま大人になる。心の傷は、完全には癒されることは無いんです。

私も子どもの頃にだいぶ言葉によって傷つけられた経験があるので、分かります。
昔、自分を傷つけた相手に十数年ぶりに会って、「昔よくいじめられたな」と平気で言えるようには
なっています。けれど、それに対して「あはは、まあコドモだったんだよ、許せ」というような言葉だけ
で簡単に許されると思っているような態度を見ると、内心穏やかでないものがあります。
こちらばかり闇をかかえていて不公平だな、と思います。

人の心を傷つけた者は、傷つけられた者と同等か、それ以上の「闇」をかかえていてしかるべき。
それが、全くそうなっておらず、ただ傷つけられた者だけがいつまでも闇をかかえて生きている
そんな世の中です。はっきり言って。今の人間社会なんて。
過去に人の心を踏みにじった者に限って、たいした反省もなく、
陽気に人生を謳歌しているという印象しかありません。
それは、誰にも教えられなかったからだと思います。人の心のことを。
大人になってから気づいて反省する人もいるかもしれませんが、それでは遅いんです。
コドモのうちに、気づかせてやらなければいけない。それは周りの大人の役目です。
とは言え、差別もいじめも、誰もその事実に気づかなかったら、どうしようもありませんけどね。
じょやです。
スーパーや何かでは、ちゃんと地元福島産の食品などを売っている。
正しい。福島産のものを選んで買ってみる。
トマトとかマジうまいな 風呂上がりのトマトまるかじりすげーうまい。
牛乳も県産だな 牛乳といえば昔から酪王か福ちゃんと決まっている
しかし11日の夕方はまた大きな揺れがあった。
揺れの恐怖だけでなく「この揺れによって原発に更なる問題が起きたら…」
という不安も常につきまとう。理不尽に網にとらわれてもがいているような状態
それがずっと続いていて抜け出せない もどかしい すっきりしない
すっきりできる日が来ることを願う
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